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高松高等裁判所 昭和43年(ネ)232号 判決 1969年9月04日

控訴人

株式会社高知放送

代理人

隅田誠一

被控訴人

茂松延章

外三名

代理人

土田嘉平

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの本件仮処分申請は、いずれもこれを棄却する。申請費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、予備的に、「原判決主文第二項を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人らに対し、昭和四一年九月三日以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、原判決別紙(一)賃金表記載の各金員から、別表記載の金員を控除した金員を支払え」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二  主張、第三 疏明<省略>

理由

当裁判所は、結論において、本件仮処分申請を認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決の理由のとおりであるから、それを引用する。<中略>

五本件解雇の効力に関し、次のとおりの説示を付加する。本件の解雇は、控訴人において、被控訴人らには懲戒解雇に値する事由があるとしつつ懲戒解雇にせず、普通解雇にしたものである。そして控訴人は第一次的に懲戒解雇の事由ありとし、第二次的には、普通解雇の事由ありと主張しているものである。

この点に関し、被控訴人らは、「懲戒解雇と普通解雇とは、その根拠、内容、効果において相違するから、懲戒解雇の普通解雇への転換を主張することは許されない」旨主張する。なるほど、解雇の効力の転換に関しては、被控訴人ら主張のように解するのが相当であるが、本件は、使用者が懲戒解雇の意思表示をしておきながら訴訟上普通解雇の効力を主張した事案ではなく、懲戒解雇に値する事由ありとしつつも、当初より普通解雇としての告知(普通解雇としての効果の発生を意図した告知)をした事案であるから、ただちに無効行為の転換の法理をもつて律するのは相当でないといわなければならない。

そこで、一般に、懲戒解雇に処すべき事由があるのに、普通解雇としての告知をした場合の効力について考えてみる。この場合、普通解雇の事由が存在しないのにかかわらず普通解雇の意思表示をしたものではあるが、懲戒解雇の事由は存在していたのであり、いずれにせよ解雇の事由が存在していたのである。そうだとすると、このような解雇も、解雇原因の存在する解雇というに妨げないと共に、被解雇者になんらの不利益を及ぼさず、法律関係を別段不安定ならしめる点もないから、法律上許容されるものと解する。

ただしかし、本件の場合は、原審が判断しているように、被控訴人らの行為は、その情状よりみて、懲戒解雇に値しないと認められるものである。

そこで次に、懲戒解雇に値する事由ありとして普通解雇の意思表示をしたが、客観的にみて、懲戒解雇に値する事由が存在しなかつた場合、普通解雇としての効力が認められるかどうかについて考えるに、普通解雇に該当する事由が存在する限りは、普通解雇としての効力を生ずるものと解する。けだし、懲戒解雇の事由ありとしてなす解雇であつても普通解雇としての告知をしている以上、法律上普通解雇の意思表示がなされたものと解すべく、普通解雇の効力を認めざるを得ないと考えられるからである。

そこで次に、「かりに被控訴人らの行為が懲戒解雇事由に該当しないとしても、就業規則第一五条第三号のやむを得ない事由には該当するから、本件解雇は有効である」旨の控訴人の主張について判断する。

(控訴会社の就業規則)の第一五条によると、従業員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇する。但し会社が必要とするときは平均賃金の三〇日分を支給して即時解雇する。ただし、労働基準法の解雇制限該当者はこの限りでない。1精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。2天災事変その他已むを得ない事由のため事業の継続が不可能となつたとき。3その他前各号に準ずる程度の已むを得ない事由があるとき。」となつていることが認められる。そうすると、右条項にいう已むを得ない事由とは、就労困難な心神の障害や天災事変等による事業の廃止に準ずるような事由を指し、本件事案のような懲戒解雇事由に至らない程度の非違行為を指さないことが明らかである。むしろ、職場規律、経営秩序に対する違反行為は、その程度に応じて懲戒処分により措置し、前記の条項によつては解雇しないのが就業規則の本旨とするところであると解される。もとより已むを得ない事由の判断に当つては、本人の行動態度も無関係ではなく、たとえば、職務に対する甚だしい不適格性のごときも考慮に入るであろうが、さきに認定した被控訴人らの行為の程度では、いまだ職務に対する甚だしい不適格性ないしは已むを得ない事由が存すると認めることはできない。

よつて、控訴人の前記主張は採用することができない。

また控訴人は、「かりに被控訴人らの行為が、懲戒解雇事由に該当せず、また就業規則第一五条第三号の已むを得ない事由に該当しないとしても、使用者はほんらい解雇の自由を有するから、本件解雇は有効である」旨主張する。

わが国の実定法上、解雇につき別段の事由を必要とする旨を定めた規定は存在せず、その限りにおいて、使用者は解雇の自由を有すると称し得る。しかし、解雇の自由を有するといつても、就業規則に解雇の事由を定めた場合には、その規則に拘束を受けるのであり、また、解雇の権利を濫用することの許されないことはいうまでもない。本件においては、結局、控訴人のなした解雇を、解雇権の濫用にあたるものと判断し、その解雇の効力を認めなかつたものであつて、控訴人の右の主張は理由がない。

六控訴人はまた、「かりに被控訴人らが原判決別紙(一)賃金表記載の金員を請求する権利があるとしても、控訴人は、諸税金、諸保険料を源泉徴収すべき義務があるので、判決においては、右賃金表の金額から別表記載の金員を控除した金額について、支払が命ぜられるべきである」旨主張する。

しかしながら、まず諸保険料についていえば、これらの保険料を賃金から控除することはなんら使用者の義務ではない。すなわち、失業保険法第三四条第一項第三三条、健康保険法第七七条第七八条第一項、厚生年金法第八二条第二項第八四条第一項等の規定によると、これらの保険料を納付する義務を負担しているのは、労働者でなくして事業主であり、事業主として自己の出捐によつて保険料を納入して当然なのであるが、保険料の中に労働者負担分なるものがあり、結局使用者は労働者よりその分を取立てることになるので、取立の便宜の措置として、賃金から控除することが許されているにすぎないことが明らかである。そうであるから事業主において未だ保険料を納付していないにかかわらず、判決において諸保険料を控除すると、法律の所期するところを越えて事業主に利便を与える結果になり、妥当ではないといわなければならない(前記の諸規定の趣旨からすると、労働者が判決に基づく強制執行によつて、賃金全額の満足を得、その後に使用者が諸保険料取立のため債務名義を要することとなつてもやむを得ないというべきである)。

次に税金についていえば、所得税法第一八三条、地方税法第三二一条の五等の規定によると、使用者は、諸保険料の場合と異なり、右各税金について源泉徴収の義務を負つていることが明らかである。

しかしながら、源泉徴収は、その事務の性質上、使用者が任意に賃金を支払う場合において負担する義務であり、その意に反して強制執行により取立を受ける場合においてまで負担する義務ではないと解するのが相当である。したがつて、裁判所としては、賃金の全額について支払を命ずべきであり、労働者が強制執行により賃金の取立をした場合においては、税務官庁は労働者より税金を徴収すべく、使用者に源泉徴収の責任を問うべきではないこととなる。

なお付言すると、使用者が判決に従い任意に賃金支払義務を履行する場合においては、賃金より税金の源泉徴収を行ない又は諸保険料の控除をなし得ることは当然である。

よつて、控訴人の前記主張も失当である。

以上の次第で、原判決は相当で本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。(橘盛行 今中道信 藤原弘道)

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